ビジネスパーソンのためのITカフェ談義 ~難しい概念をスライド1枚でまとめてみるシリーズ~
■はじめに
国際競争での生き残りや、「2025年の崖」を超えるため、日本企業のDX推進が重要であると言われています。大企業各社は専門組織を立ち上げ、大規模予算をかけてDXを推進してきてはいるものの、必ずしも成功を収めているようには思えません。私は、ビジネスパーソンのITへの理解が重要だと常日頃感じているので、難しいIT概念を、ビジネスパーソンの視点からかみ砕いて説明する記事を書いて、皆さんを応援してみたいと思います。
なお、初回のテーマは「ビジネス・コンポーザビリティ」です。
■ビジネス・コンポーザビリティとは何か?
「コンポーザビリティ」とは、組織がイノベーションを起こし、変化するビジネスニーズに迅速に対応するための考え方、技術、プロセスを包括する言葉です。コンポーザブルなビジネスとは、必要に応じて並べたり、並べ替えたり、捨てたりすることができるレゴブロックのようなものだと想像できます。これに対して、柔軟性に欠け、進化が遅く、変化しにくい一枚岩の組織を考えてみてください。コンポーザブルビジネスは、さまざまな部品を組み立てたり、分解したりすることで、市場の変化に素早く対応することができます。
インターネットによるIT革命以降、世界はグローバル化し、ビジネスパーソンは日増しに早まるビジネスの変化や、破壊的ビジネスモデル出現などといった「不確実性」にさらされています。COVID-19のようなパンデミックや地政学リスクにも対応が必要です。こうした「不確実性」の時代を乗り越えるには、フレキシブルなビジネス変化への耐性を身に着ける必要があります。
この図で説明したいのは、IT業界では、インフラもソフトウェアも長期にわたり「分散」×「部品化(サービス化)」の方向に進化してきたということです。「分散化」によりスケーリングが容易になり、「部品化」によって、開発速度を上げたり、環境変化に合わせて部品を組み換えることができます。また、こうした部品を流通させたり、利用したりする仕組みも整い始めました。
独立した部品を「コンポーネント」として組み立ててサービス要求を実現し、環境変化に即応して組み換え、最適化をし続ける考え方が「コンポーザビリティ」です。こうしたフレキシビリティは、ITを活用する全ての業界に利益をもたらします。
■ダイナミックなビジネス環境変化
ここで、例として、製造業におけるビジネス環境変化を振り返ってみましょう。
1990年に入り中国では第7次5か年計画が発表され、国民生活の向上と消費市場の拡大によって中国国内での家電製品の需要が増加しました。そして、1990年代後半になると中国メーカーが台頭し始めます。技術力を持たなかった中国メーカーが、なぜこれほど急速にキャッチアップできたのか?それは、彼らが「標準部品化を進め、市場から必要な部品を集めてくることで安価に製品を作る」という産業構造変革を起こし、家電を一気にコモディティ化してしまったからなのです。
日本の製造業は、強みである「すり合わせ技術」と、経営方針を共有する企業群の「系列化」で、他国メーカーを寄せ付けない品質や機能を実現してきましたが、今では価格競争によって苦戦を強いられています。
ちなみに、約30数年前に新卒入社した鉄鋼会社で人事担当となった私は、いきなり始まった「構造不況」による全社的リストラの最前線に身を置いていました。その「構造不況」は、安価なリサイクル鉄の品質向上や、急成長していた韓国の鉄鋼会社であるPOSCO(旧浦項製鉄)との価格競争に巻き込まれたためでした。典型的な装置産業である鉄鋼業界と、知識集約型産業である家電業界とでは全く性質が異なりますが、期せずして似通った歴史をたどったと言えます。
もう一つの変化は、「製造業のサービス化」です。
世の中が豊かになるにつれ、作れば売れる「大量生産・大量消費」時代は終わり、個々人の好みやライフスタイルに合わせて適切に提案しなければモノを買ってもらえない時代になりました。そのため、製造業はビジネスをサービス化することで定常的に顧客とつながり続ける道を選びました。顧客接点としてIT活用がますます重要になってきており、歴史のある自動車メーカーが「モビリティ・サービス企業」へと転身することで、GAFAと競合するようになるわけです。
■ITはコモディティ化するのか?
こう見てくると、同様なビジネス環境変化がIT業界にも起こるのではないか?との疑問が沸いてきます。個人的見解としてはイエスです。
「所有から利用へ」と転換したクラウドサービスの登場はエポックメイキングでした。IT資産を所有する場合、5年~7年での償却が必要でしたが、利用料であれば経費として単年度で費用処理ができるので、ビジネスの方向転換にも対応できます。
一方で、細かな物理的構成が隠蔽されたインフラをネットワーク経由で使うので、様々な設定や保守メンテナンスが不要になり、インフラ技術者の役割は大きく変わりました。
また、ここ数年で「APIエコノミー」という言葉も定着してきましたが、Salesforceに代表されるSaaS型クラウドサービスも、近年では「検索」「決済」「認証」「コミュニケーション」など、より特化した機能をAPI経由で有償提供する事業者が増えてきており、様々なサービスが使えるようになってきました。
開発者も、全て一から開発する「自前主義」から、特化したサービスを「部品」として組み合わせることでサービスを実現する発想に変わり始めました。APIは参入障壁を低くし、プログラム設計を容易かつ迅速化し、既存ビジネスロジックを混乱させることも少ないのです。なお、APIを開設した120以上の企業データの分析から、「API導入企業は売上高、純利益、時価総額、無形資産を増加させる」との研究結果もある点、特筆しておきたいと思います。
■最後に
家電のコモディティ化時代には、日本メーカーはうまく変化に対応できず総崩れとなりました。「失われた30年」と言われるように、我々は、未だ新たな「勝ち筋」を見出せていません。これからは、産業構造変化の兆しをとらえた真の「ビジネス・コンポーザビリティ」発揮により、フレキシブルに対応したいですね。
そのためには、何より、まずは自分自身が発想を変えなけれないけないことを心に留めたいと思います。